マクガフィン
【マクガフィン】
Wikipedia
マクガフィン(MacGuffin, McGuffin)とは、
映画(スリラー・サスペンス物に多い)などの作劇上で、
登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、
仕掛けのひとつである。
作品の登場人物は非常に重要なものだと考えているにも関わらず、
観客にはほとんど説明されなかったり、
説明されたとしても価値が疑わしいような「なにか」のことである。
マクガフィンという言葉はアルフレッド・ヒッチコックによって考案されたとされる。
電車内で「あの棚の上の荷物は何だ」と聞く。
もう一人が答えて「マクガフィンさ」
「何だそれは」
「スコットランドでライオンを捕まえる道具さ」
「スコットランドにはライオンはいないだろ」
「じゃ、あれはマクガフィンじゃないな」
という噺が元になっている。
マクガフィンとは単なる入れ物のようなものであり、
その中身は『汚名』のように置き換えが可能であり、
『北北西に進路を取れ』のように存在しなくても構わない。
大切なことは、観客がその入れ物を巡る登場人物のやり取りに、
サスペンスを感じることである。
■『RONIN』(1998年、ジョン・フランケンハイマー監督)
登場するケースの中身が最後まで明かされないという点で
典型的なヒッチコック風マクガフィンといえる。
■『パルプ・フィクション』(1994年、クエンティン・タランティーノ監督)
作中に登場する殺し屋・ジュールスの持つ
黒いスーツケースの中身が最後まで不明。
開けると激しくきらめき、見た者が驚嘆するが…。
■『M:i:III』(2006年、J・J・エイブラムス監督)
「ラビットフット」という兵器をめぐるやり取りが描かれるが、
「ラビットフット」がどのような兵器であるのかは最後まで明かされない。
■『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008年、マット・リーヴス監督)
未知の怪物がマンハッタン島を襲うSF映画である。登場人物による推測はあるが、怪物の正体は劇中まったく明かされない。怪物は、終始「あれ」と呼ばれている。
『RONIN』を観て、ケースを守ることが重要で
その中身は関係ない、描く必要がないってことを感じた記憶がある。
こんな事(演出法?)にも、名前がついてるんだな。
『トゥルーマン・ショー』を観たときにも
映画の描きたいテーマの為には、
設定は変えてしまっていいと感じた事も思い出した。
伝えたいテーマを最適な方法で描こうとした時
その描き方が若干現実離れしていても
逆にそれが映画の個性になったりするもんだ。
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マクガフィン(MacGuffin, McGuffin)とは、
映画(スリラー・サスペンス物に多い)などの作劇上で、
登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、
仕掛けのひとつである。
作品の登場人物は非常に重要なものだと考えているにも関わらず、
観客にはほとんど説明されなかったり、
説明されたとしても価値が疑わしいような「なにか」のことである。
マクガフィンという言葉はアルフレッド・ヒッチコックによって考案されたとされる。
電車内で「あの棚の上の荷物は何だ」と聞く。
もう一人が答えて「マクガフィンさ」
「何だそれは」
「スコットランドでライオンを捕まえる道具さ」
「スコットランドにはライオンはいないだろ」
「じゃ、あれはマクガフィンじゃないな」
という噺が元になっている。
マクガフィンとは単なる入れ物のようなものであり、
その中身は『汚名』のように置き換えが可能であり、
『北北西に進路を取れ』のように存在しなくても構わない。
大切なことは、観客がその入れ物を巡る登場人物のやり取りに、
サスペンスを感じることである。
■『RONIN』(1998年、ジョン・フランケンハイマー監督)
登場するケースの中身が最後まで明かされないという点で
典型的なヒッチコック風マクガフィンといえる。
■『パルプ・フィクション』(1994年、クエンティン・タランティーノ監督)
作中に登場する殺し屋・ジュールスの持つ
黒いスーツケースの中身が最後まで不明。
開けると激しくきらめき、見た者が驚嘆するが…。
■『M:i:III』(2006年、J・J・エイブラムス監督)
「ラビットフット」という兵器をめぐるやり取りが描かれるが、
「ラビットフット」がどのような兵器であるのかは最後まで明かされない。
■『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008年、マット・リーヴス監督)
未知の怪物がマンハッタン島を襲うSF映画である。登場人物による推測はあるが、怪物の正体は劇中まったく明かされない。怪物は、終始「あれ」と呼ばれている。
『RONIN』を観て、ケースを守ることが重要で
その中身は関係ない、描く必要がないってことを感じた記憶がある。
こんな事(演出法?)にも、名前がついてるんだな。
『トゥルーマン・ショー』を観たときにも
映画の描きたいテーマの為には、
設定は変えてしまっていいと感じた事も思い出した。
伝えたいテーマを最適な方法で描こうとした時
その描き方が若干現実離れしていても
逆にそれが映画の個性になったりするもんだ。
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